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「井之上パブリックリレーションズ」創業から半世紀に及ぶヒストリーを井之上喬会長の 回想を基に連載

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第1作目(前編)は、「PR黎明期に現れた“戦略家”――パブリック・リレーションズと共に歩んだ半世紀」で下記4つのトピックで構成されています。

  1. 企業にとっての「パブリック・リレーションズ」とは?
  2. 入社3か月半で独立、「企画会社」としてスタート
  3. 「二度とこんな思いはしたくない!」大成功を収めたパブリシティの裏で
  4. 自分たちの仕事は“戦略家”――パブリック・リレーションズの会社へ

写真は、1971年8月、井之上がはじめてパブリシティを手がけた「箱根アフロディーテ」のパンフレット。このイベントは1969年にアメリカで開催され、40万を動員した伝説のロックフェスティバル「ウッドストックフェスティバル」の日本版。井之上は、この時はじめてパブリシティの仕事を任され、PR志向を強めたのです。

本記事は、https://www.pr-table.com/inouepr/stories/630 からご覧いただけます。

 

今後の掲載予定

第2作目(中編)「世界的企業」との邂逅――パブリック・リレーションズと共に歩んだ半世紀」と第3作目(後編)次世代を担う若者たちへ――パブリック・リレーションズと共に歩んだ半世紀(後編)は6月中に順次掲載の予定です。