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【カンヌライオンズ2025レポート】ビジョン×リレーションシップ:カンヌライオンズ2025・PR部門から読み解く3つのキーワード(後編)

株式会社井之上パブリックリレーションズと株式会社日本パブリックリレーションズ研究所は2025年7月8日(火)に「カンヌライオンズ2025」現地参加報告会を開催し、当日はオフライン・オンラインあわせて80名以上が参加しました。

当日にお話しした内容を中心に、当日登壇した日本パブリックリレーションズ研究所副社長の横田によるカンヌライオンズ2025レポートを、前後編の2本立てで公開します。

前編はこちらからご覧ください

【カンヌライオンズ2025レポート】ビジョン × リレーションシップ:カンヌライオンズ2025・PR部門から読み解く3つのキーワード(後編) 

[横田 和明、株式会社日本パブリックリレーションズ研究所 取締役副社長/早稲田大学 大学院経営管理研究科 非常勤講師]

創業100周年のビール会社が海岸沿いの敷地空域の権利を借りる理由。ブランドパーパスの本質と具現化
太陽とアウトドアライフ、特にビーチでのひと時を大切にする文化を創ってきたビールブランド「コロナ」は、創業100周年を迎えました。それを機に、ビーチの太陽光を不動産開発から守る世界初の保護区「サン・リザーブ」というコンセプトを発表しました。

背景には、ビーチの不動産投機の熱を受けて高層建築物が乱立し、ビーチの日陰が増え、日光浴客が遠ざかり、観光に影響が出ている実態があります。そこでコロナは、森林や海洋保護区に倣い「サン・リザーブ」を設置しました。これは、ブラジル東部のジャボアタン・ドス・グアララペス市観光局と連携し、コロナがビーチに面した土地を借り、ビーチフロントの空域を法的に更新可能な形で3年間占有し、建物の高さを抑える取り組みです。本取り組みが実施された同市にあるピエダージ・ビーチでは、過去5年間で建物の数が200%増加しています。

「サン・リザーブ」は、コロナの法務チーム、学識経験者とインフルエンサーが提携し、信頼性の高い枠組みとして設計され、ビーチ利用者、環境活動家、政策立案者をターゲットに想定し、主要メディアでの報道やインフルエンサー、ソーシャルメディアをコミュニケーションチャネルとして、グローバルに議論を喚起しました。その結果、開始から2日後には、ブラジルの沿岸都市フォルタレザ市長が海岸沿いの高層ビルの建設停止を発表しました。2025年末までに、コロナはブラジルと南アフリカで2つのサン・リザーブを実施する予定であり、その他多くの地域での実施についても交渉に入っているということです。

例年に続き、今年のカンヌライオンズでも、ハイネケンをはじめ飲料ブランドのユニークなケースの応募が数多くありました。その中で、100年の老舗とはいえ、いちビールブランドがここまでやるのかと感じさせるのが「サン・リザーブ」です。こういった環境に関わる取り組みは、ややもすると言動不一致で「ウォッシュ(Wash)」という形で批判を受けがちです。しかし、太陽とビーチを含むアウトドアライフを大事にするコロナのブランドの本質を体現したものが、製品としてのビールであり、「サン・リザーブ」という現象であるという構図には、ブランドとしての理念と行動への一貫性を感じさせ、違和感がありません。多くのビーチでいきなり多展開するのではなく、ビーチでの太陽光の価値を可視化する事例をまず1件創出し、社会に提議するシンプルながら入念な準備を感じさせる手法にも注目です。

本事例では、高層建築を禁じる環境規制の隙間を縫ってビーチで日影が増える現状を逆手にとって、コロナが法務チームと連携して既存の仕組みを活用し、地元自治体との関係構築(ガバメント・リレーションズ)を進めながら事例を創出し、メディア・リレーションズと連携させ、社会的に提議しています。ある意味、民主主義国家、法治国家で民間企業が発揮するクリエイティビティと言えるかもしれません。

 

今年のカンヌライオンズPR部門についての審査団のコメントからの所感

(中央:Tom Beckman氏 – PR LIONS 審査員長)

今年のPR LIONS審査委員長であるWeber Shandwick Global Chief Creative OfficerのTom Beckman(トム・ベックマン)氏は、公式サイトでのコメントで、今年の傾向について、「今年の審査プロセスの核心は、最終選考に残った各作品の文化的背景(Cultural Background)を深く分析することだった」、「今年の最大のテーマは”サービス”だった。際立った多くの作品は銀行や金融機関などのサービス企業、また製品ブランドにニュース価値のあるサービスを追加した」と述べています。

現地で開催された審査団(Jury)による解説セッション「Inside the Jury」からは、

  1. Relevant Bravery
  2. Cultural Context
  3. Result

の3つのキーワードが印象的でした。

 

Relevant Bravery

Relevant Braveryは、直訳すると「関連する勇気」です。このキーワードを、アイスホッケーやサッカーの試合の最後の一分でゴールキーパーを下げて、勝負を決めるために追加で選手を投入して攻めるような勇気という説明をしていました。つまり、事業やブランドが順調に成長している中で、「状況に即してあえて一歩踏み出す勇敢さ/勇気」という意味合いです。

今回のグランプリやゴールドでは、インド鉄道やAXA、Nordeaのように製品やサービスそのものを変更したり、O2やコロナ、Clash of Clansのように企業やブランドとして新たな挑戦をしているケースが目立ちました。

単に勇敢であるだけでなく、その勇敢さが状況や目的に対して適切で、意味のあるものかどうかという意味合いがRelevant Braveryに込められているのかもしれません。この点は、伝統や実績を積み重ねている優れた企業が多い日本で大いに参考にすべきだと思います。

ちなみに、BraveやBraveryという言葉は本セッションの中で10回登場しています。過去の同セッションでは、2023年は0回、2024年は1回のみだったので、今年のPR LIONSを象徴するキーワードと言えるでしょう。

 

Cultural Context

Cultural Contextは、「文化的な背景」です。冒頭の審査員長のコメントの通り、今回の審査に当たって判断の一つになったキーワードです。実際、数多くのエントリーケースでCultural Contextについての記載があり、国や産業、コミュニティ(例えばサッカーコミュニティ)、企業やブランドなど様々な言葉とともにcultureという言葉が使われていました。

セッションでは、「文化を築くか創造する必要がある」というコメントも出ていました。ビジョンや目標実現のために、様々なステークホルダーとの関係構築を進め、メディア・リレーションズなどを通じて外部環境を構築していく。それを進めるにあたり、状況に応じて様々な文化的な背景に配慮しつつ、そのコンテキストを再解釈し、新たな製品サービスやコンセプト、ビジネスモデルに価値づけを行い、社会に提言する。パブリック・リレーションズの王道ではありますが、複雑化する社会において、その重要性が改めて認識されていると言えます。

なお、2025年は文化が11回、cultural contextが3回使用されており、審査団が文化というキーワードを重視した姿勢が伝わってきます。2023年と2024年の同セッションでもCultural Contextは8〜10回繰り返し言及されました。昨年は、サステナビリティや社会課題解決の流れの中で、深刻なテーマに触れる傾向が強いことから、「ユーモア」の大切さを強調する流れで文化が紐づけられていました。一方で、今年は「仕組みや製品やサービスの修正を進めていく中で文化を重視すべき」と、視点がより高次元化しているように感じました。

 

Result

Resultは、文字通り「成果」です。本セッションでは、「アイデアは最高の薬かもしれないが、結果が重要だ。結果は単に認知度ではない。行動を促すインスピレーションを与えたかどうかが大事だ」というコメントがありました。

継続的に進めるパブリック・リレーションズの成果を、どの時点で区切り、評価するかは難しいところです。しかし、企業やブランドが掲げた目標達成や課題の解決と同時に、社会のルールや制度などもアップデートし、ある種の公益に資する活動であるかどうかも成果として捉える視点は、パブリック・リレーションズの歴史的な成り立ちを考えると重要だと考えます。

カンヌライオンズに限らず、筆者が審査員を務めてきた日本パブリックリレーションズ協会のPRアワードグランプリ(本年度より「PRアワード」に改称)においても、この成果が何かという点は審査会でたびたび議論になります。社会的な視点も踏まえて、何をもって成果として捉えるかにも、世相が現れるのかもしれません。読者の皆さんも今年のカンヌライオンズから、現代社会の兆しや傾向をそれぞれの立場から読み取ってみてください。

 

おわりにーパブリック・リレーションズの役割とは

最後に、筆者の普段の実務経験も踏まえて、今年のカンヌについての所感を改めてまとめたいと思います。

①経営とパブリック・リレーションズの関係についての示唆

今年は経営とパブリック・リレーションズの関係性を感じさせる事案が多かったです。

経営をマネジメントと同義的に捉えると、ドラッカーによればマネジメントとは「資源を組織化することによって人類の生活を向上させることができるとの信念、経済の発展が福祉と正義を実現するための強力な原動力になりうるとの信念の具現」(P.F.ドラッカー著『現代の経営〔上〕』, ダイヤモンド社 より)を意味します。

社会の公器たる企業は、人類や社会の発展に資することを目指し、企業理念や志、ビジョンを掲げます。その実現のために、経営目標や経営戦略と経営計画、各機能別や事業部別の計画を立案し、実行します。その際、社会における様々なステークホルダーとの関わり合いが生じます。

この一連のプロセスを経営と捉えた場合、パブリック・リレーションズと経営の関係性は3点あるといえます。

  1. 倫理観と双方向性コミュニケーション、自己修正機能を通して、経営の全体像を社会的な視点からチェックとフィードバックを行い、経営者や経営幹部層の判断や行動を高次元化
  2. ビジョンや企業理念のもとに策定された、経営目標や戦略、各計画実行のためのPR戦略の策定
  3. 上記を実施するための、マルチステークホルダーとの関係構築および管理と、関係構築を進めやすくする外部環境の把握と構築

この際に、パブリック・リレーションズの歴史的な発展経緯から、メディア・リレーションズが重要な役割を果たします。

筆者が初めてカンヌライオンズを訪れた2017年は、素晴らしいケースが多くあった一方、世論喚起やステークホルダーとの関係性の変化があるものの一過性の施策が多いという印象を抱きました。しかし、本年度は一連の事例の通り、企業として、あるいはブランドとして、組織主体が掲げるパーパスやビジョンを実現し、社会との良好な関係をより継続的に構築する姿勢が感じられました。経営の観点に紐づいているからこそ、様々なステークホルダーとの関係性を継続的に高めていく「Relevant Bravery」を伴った意思決定ができていると捉えることもできそうです。

 

②目的達成に繋がる「善の循環」

今回の一連のケースから、継続的に関係性を築きやすい「善い」製品やサービスにおけるデザインの大切さを感じました。

既存製品・サービスを前提として、ステークホルダーとのより良い関係性を模索することは大事です。一方で、Indian Railwaysの「Lucky Yatra」やAXAの「Three Words」、Nordeaの「THE PARENTAL LEAVE MORTGAGE」などの事例が示すように、シンプルながら本質的な要素を既存の製品やサービスに加えることで、継続的により善い関係を築きやすくなります。

パーパスやビジョンといった善の志向があり、カスタマーをはじめステークホルダーとのより善い関係構築を目指して、善を帯びた製品やサービスを設計します。そうすることで、より善い関係性が築かれ、ビジネスのあり方をアップデートしていきます。考え方自体はシンプルですが、有言実行するためには、過去の事業の経緯や文化的背景への配慮、社内外の様々なステークホルダーと折衝や連携をしながら、様々な知見の収集や施策の妥当性の検討が必要であり、抜かりないリレーションシップ・マネジメントが求められます。

このような目的達成に繋がる善の循環を意識したパブリック・リレーションズが、今後より重要になるでしょう。

 

以上、今年のカンヌライオンズのケースを振り返りながら、考察を述べてきました。

様々な気づきを与えてくれた今年のカンヌライオンズ。本記事が、来年以降参加を検討されている方々の一助となれば幸いです。


レポートは以上です。

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